純ジャパニーズのITM学習法


 アイルランド伝統音楽はアイルランドに行かないと学べないのでしょうか? 学生時代にアイルランドに留学してアイルランド伝統音楽を学ぶ若い人、就職してから思い切って仕事を止め、ワーキングホリディを利用してアイルランドに音楽修行に行く人が増えています。もしアイルランドに行けるチャンスがあるなら行くに越したことはないでしょうが、人によっては親の介護とか、子供の教育等々、どうしても行くに行けない事情がある場合もあることでしょう。アイルランドに行かなくてもアイルランド伝統音楽を学ぶ方法はないものでしょうか?

 音楽を学ぶのは語学の学習と似たところがあります。アイルランド音楽を通じた友人であるニューヨークタイムズの記者をしてる上乃久子さんが書いた「純ジャパニーズの英語勉強法」にアイルランドの伝統音楽の練習のヒントにもなるのではないかと思われることが沢山書かれていました。本の中で書かれていることで、これはアイルランド伝統音楽の勉強にも通じるのではないかと思ったポイントのいくつかを紹介します。

1.アウトプットがカギ


英語の場合、日本で育って海外渡航経験のない純ジャパニーズは「単語を覚え構文を覚え、黙々と英文読解に励む...などなど、ひたすらストイックに英語を学んでいく」しかし「言葉は基本的にコミュニケーションの手段で、ありアウトプットが本来の役割であり、それをしないなら言葉の最も重要な機能である他者とのコミュニケーションという「醍醐味」を味わうことはできないと上乃さんは言っています。

 これをアイルランドの伝統音楽の学習プロセスに置き換えてみると、日本で育ってアイルランド伝統音楽を学んでいる純ジャパニーズはひたすら沢山のCDを聞き、耳コピをしながら、ひたすらストイックにアイルランド伝統音楽を学んでいく傾向がありますが、それをアウトプットして他者とコミュニケーションするのをおろそかにするとアイルランド伝統音楽の醍醐味を味わえないということになります

アイルランド伝統音楽を学ぶということはアイルランド伝統音楽を愛する人たちのコミュニティの輪の中に入るということです。セッションに日常的に参加して、アイルランド仕込みの演奏をする自分より上手な人や、アイルランドから来たプロの演奏者と自分が一人で学んだ曲を一緒に演奏することによって、リズムやイントネーションの違いが認識され、確実に演奏技術が向上していきます。

 もちろんセッションばかり参加してインプットを疎かにしては上達は見込めないので、セッションで練習のモチベーションを上げてコツコツとインプットに励むといったバランスが大事です。

2.アイルランド伝統音楽についての総合力を身に付けるのは大容量の木桶を組み立てるようなもの


(1)演奏できる曲・セットの数    ←(ボキャブラリー、文法・構文)
(2)演奏技術(音色、リズムの正確さ、バリエーションの豊かさ等)
  ←(発音、イントネーション)
 (3)リスニング ←(リスニング力)

この三つの側板をバランス良く伸ばしていかないと大容量の水をためる桶を作ることはできません。

3.演奏できる曲・セットの数を増やす


演奏できる曲やセットの数を増やすといっても、やみくもに増やさないこと。リスニングの力と演奏技術の向上を伴わないで、弾ける曲の数だけを増やすのは無意味。かえって悪い癖をつけて、それを強化することになります。まずは曲を良く聞いて、その曲を自分で歌えるようにする。歌えるようになったら、それを自分の楽器で再現します。曲が大体弾けるようになったら、好きな演奏者の音源と一緒に弾いてみます。(同じ速度で弾けない場合はスローダウン)同じ速度で弾けるようになったら、自分の演奏を録音して、音源と比較してみる。バリエーションや装飾音についてもコピーしてみる。トーン、リズム、抑揚等多角的観点から自然な演奏になっているかセルフチェックする。そうすれば改善点が見えてくるはずです。

4.ITMを練習する環境はどこにでもある


 楽器がなくても練習はできます。曲を階名で覚えていれば、道を歩いているときでも、歌って練習できます。更に音名を歌うとき指でその音を出すときの形を作りながら練習すればマッスルメモリーが蓄積されていきます。歌を歌えない電車での移動時や夜寝るときでも、脳内で曲を再生しながら、弦楽器なら指板の指を押さえるポジションを頭の中で思い浮かべるだけでもある程度効果的な練習になります。

5.自己紹介用に得意のセットを3つは用意する


セッションはコミュニケーションの場です。初めて参加するセッションで、もしホストからセットを出してみてと言われたらすぐに出せるように自己紹介になるように得意なセットを最低3つ位は用意しておきましょう。自分が好きで無理なく演奏できる違うリズムで3セットあると良いです。セッションメンバーはあなたが出すレパートリーであなたの好みの曲や演奏スタイル、場合によっては演奏者や地域まで予想します。演奏を始めたら、一定のテンポで間違ってもともかく流れを止めずに演奏しきること。最初に演奏する曲の出だし部分を弾いて、参加者に知っておいてもらうと曲の繋ぎをスムーズにできるかもです。

6.聞き流しではリスニング力は向上しない


 曲のメロディやリズムを覚えるだけだったら繰り返し聞き流しをすることには一定の効果はありますが、演奏技術の向上に繋がるリスニング力を高めていくためには曲を細かく区切り、小分けにして、集中して繰り返し聞きこんでいく必要があります。1小節ずつどんな音色で、どんなアタックで、どんな装飾音がつけられているのか、注意深く確認しながら、繰り返し聞いて自分のものにしていく必要があります。時間をかけて少しずつ取り組んで自分のものにした曲は忘れません。出来合いの楽譜で練習した曲はすぐに忘れてしまいます。一曲一曲確実に自分のものにしながら弾ける曲を増やしていきましょう。

7.シャドウイング(物まね)でリスニング力と演奏力を同時にアップ

日本の盆踊りに内在するリズムとアイルランドのセットダンスで流れるリズムはどう考えても違いますよね、訓練をしていない日本人がアイルランドの伝統音楽を楽譜に起こしたものを彼らと同じ楽器で弾いてもとても同じものには聞こえません。日本人にはないリズム感を身に着けておかないと彼らと同じように弾けるようにはなかなかならないのです。この壁を破るにはシャドウイング(物まね)が有効です。方法は次の通り。

  ①好きな演奏者(同じように演奏したい演奏者)のCDを入手する
  ②気に入った曲を繰り返し聞く(とりあえず聞くだけ)
  ③ハミングする(音に合わせ、聞こえてくるメロディに合わせてハミングをする)
  ④自分の演奏する楽器を使って採譜する(ABC譜でも五線譜でもどちらでもOK。努力してもどうしてもできなければ、The Session等から入手してもいいが、必ず自分の採譜したものと答え合わせをしてどこが聞き取れなかったのかを確認する←ここ大事。これを繰り返しやってると自分で採譜できるようになります)
  ⑤自分が無理なく弾けるようにスローダウンした音源のスピードに合わせて楽器を弾く(装飾音も含めてできるだけ正確に演奏をまねる)
   6. 普通の演奏速度に合わせてシンクロさせて演奏する。

 

8.採譜(耳コピ)に便利なソフト


 採譜するときに速度や音程を変えることができる便利なPCソフト(Windows,MacOS
S,スマホ版もあり)としては「聞々ハヤえもん」があります。
    iphone,Ipadで使えるソフトとしてはanytuneがあります。ほかにもあるかと思いますがとりあえず参考にしてください。


9.Youtubeを利用した学習法  

フィドル等の楽器の基本的演奏法の習得に関してはyoutubeで無料で提供されているものが多いのでこれを利用しない手はありません。アイリッシュチューンの演奏動画も多数投稿されていますが、これは玉石混合なので、注意が必要です。動画は良質なものを選びましょう。設定で再生速度を変更することもできます。


10.On Line学習

まだ私自身は始めていないのですが、Online Academy of Irish Music(OAIM)によるOn-Line学習や自分が尊敬するプレイヤーのスカイプレッスンを受けるというのも非常に有効ではないかと思います. また現地で放送されている伝統音楽のラジオ番組がネットでも聞くことができるので、通勤時間とかお仕事の間の休憩時間に聴いてみてはいかがでしょうか。

 Clare fm  
         West Wind という伝統音楽のラジオ番組(1時間40分)の録音が毎日聞けます。

 RTE(Raidio Teilifis Eireann) Radio 1

   Ceili House  
     Banjo奏者のKieran Hnarahanが司会を務める伝統音楽のラジオ番組

   Rolling Wave 
           毎回ゲストを迎えて伝統音楽をたっぷり聴かせるラジオ番組

 TG4(RTEの傘下で Teilifís na Gaeilgeが運営するチャンネル)

      Geantrai  
    TG4のアイルランド伝統音楽の音楽プログラム

 Radio Kerry
      Trip to the Cottage 
      アコーディオン奏者 Danny O’Mahonyが編集する伝統音楽のラジオ番組



11.セッションに参加する

最後に、以上の手順で覚えた曲やセットをセッションで弾いてみてちゃんと皆と合わせて心地よく演奏できるか確認します。演奏を録音して客観的に聞いてみるとよいです。ほかの人の演奏と比べてみて自分に足りないものが何か考えて、それをまた練習します。このプロセスに終わりはありません。アイルランド伝統音楽の学習は一生続けることができるので飽きるということはありません。近くにセッションがなければ、練習会でもいいですから、地元で仲間を募って一緒に演奏をする場を設けましょう。そうやって日本中にアイルランドの伝統音楽を一緒に演奏できる仲間が一人でも増えることを祈っています。


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